月別アーカイブ: 2010年8月

周波数公害 !!!

最近、 飲みに行くと、 周囲の人の話す声で興醒めすることがよくある。
他人の会話を盗み聞きするような興は、 持ち合わせていない。
余程、周囲の人たちに聞いて欲しいのか、やたらと声の周波数が高い。
しかも、そう言う高周波の声の主は、20代後半から30代の男性が大半。

子供や女子が発する音声の周波数が高いのには意味があり、これは他の動物と同様
「周囲の仲間に助けを求める際に、より多くの仲間に自分の声(音)を届けるため」。
非常に 「道理」 がある。

一般的な成人男性には、声の周波数を高くする理由が存在しない。
故に、男性には「声変わり」と言う声帯の変化が現れるようにできている。
逆に周波数が高いと、 敵に存在を察知され易くなり、 危険が増すだけ。

飲み屋の客としてお店に来て、 やたらと高い周波数で且つ
大きな声で話す奴等には、 ある共通項がある (以下)。
   ・鍛錬不足で「頭が悪い」。
   ・「勉強が嫌い」で学習努力が苦手。
   ・本や新聞などの「活字情報を読まない」。
   ・周囲への「気配りの意味」を知らない。
   ・「貧乏ゆすり」の癖。(医学的な裏付けがあるので詳細は後日)
   ・会話に論点が無く浅い。
   ・他、多数。

歌舞伎役者のように「声が通る」と言うことと、
ヒトの声の「周波数が高い」 とは根本的に意味が違う。

これまで、仕事上で多くの人と接してきたが、
「成人男性で声の周波数の高い奴」に、 ろくな奴はいない。
最近は、 飲み屋に入って周波数の高い奴がいるとわかると、
携帯電話が掛かったフリをして、店を出るようにしている。
また、後で来た客の中で周波数の高い奴がいた場合には、
残った瓶ビールを一気に喉に流し込んで、即座に会計して店を出る。
周波数の高い奴 → 頭が悪い(自己中心) → 関わりたく無い人種。

電車などの中で、 幼子達が高い周波数で叫ぶのは、微笑ましくさえ感じる。
また、 居酒屋等でお酒に酔った女子が高い周波数で奇声を発するのも、
心配さえすれど、可愛く思える範疇。
しかし、成人男性の高周波音声は、これらとは全く意味が違う。
一度、 両耳を塞いで、 ご自分のお声をお聞きになられては ・・・ ???

学者/医者によっては、
成人男性の高周波発音を「精神的な病(やまい)」と捉える方もいるとか ・・・ 。
やはり、 意味があるんだ ・・・ 。

13日の金曜日

今年もやってきました ・・・ 「13日の金曜日」。
“いまどきテレビ芸人” のタカ&トシ からは ・・・、
「欧米かぁ ?! 」 って言われそう (笑) 。

昔から、13日の金曜日は欧米では 「不吉な日」 とされています。
しかも、今年の 「不吉な日」 は、今日だけ ・・・。
以前から、 出張や重要会議はもちろんのこと、
都内の外出予定さえも組まないようにしていた ・・・ この日 。
・・・ 君子危うきに近寄らず !!

何事も無く今日も終わろうとしていますが ・・・ 、
皆さんは、 ご無事でしたか ??

25年

1985年8月12日
東京(HND)から大阪(ITM)へ向う JAL123便(JA8119)は、
乗員乗客524名と共に群馬県の山中に墜落した。
生存者は4名。

JAL123便の機影が航空管制レーダから消えた後も
123便の位置情報を把握していた在日米軍(横田基地)から提示された
早期の救助支援の申し出を拒否した、日本政府の鈍感体質。

墜落事故の原因と言われている機体後部与圧隔壁の修理ミスを犯した
米国ボーイング社の重大責任を徹底追及しない、運輸省(当時)の官僚体質。

コックピットの中で最後まで操縦桿を握り、事故被害の最小化に命を賭した
高濱機長以下、勇敢な3名のクルー達の行動を称えようとしないJALの企業体質。

JALと言う 「親方日の丸企業」 は、この重大事故を契機にして、
現在に至る 「破綻」 に向って一直線に落ちていった。


驚きと恐怖の中で亡くなられた520名の精霊が、
安らかな眠りにつくことを祈りつつ ・・・
合掌

病状再発 ?!

3年程前に患った 「頚椎ヘルニア」 が、再発の兆候を示している。
消炎剤などを使って、一時は小康状態を保っていた。
それが最近、明らかに左腕に 「異常な痛み」 が現れる。

最初に発症した時に病院でMRI検査を受けた。
担当医は、画像を見ながら 「頚椎ヘルニアですね !! 」 と即答 。
首の骨(頚椎部) の一部がつぶれている画像を見ながら説明を受けた。
レーザー手術はリスクは少ないが、 完全治癒率はおよそ70%程度 。
外科的切開手術は完全治癒率は98%以上だが、 重大なリスクがある 。
「頚椎部には多くの神経があるので、 最悪の場合は呼吸停止することがある」 と言う。

「まだ若いから自然治癒の可能性もあるので、手術は見送りましょう」 とドクター。
こちらとしても 「呼吸停止」 は困るので、 痛み止めの対処療法で今日まで来た。

ヘルニアに関しては経験者にしかわからないと思うが ・・・、
「痛い !! 」 「冷たい !! 」 そして 「気持ち悪い !! 」。
今では、「エキセドリン」 と 「バンテリン」 と 「アルコール」 が手放せない毎日 (悲)。

熱い 「暑気払い」 ?!

今夜は 「暑気払い」 。
開始時刻は当初の予定より40分遅れ。
「あ~ぁ、やれやれ・・・ 」 と言ったところ。

久しぶりに若い子達に囲まれ、皆で元気に 「乾杯 !! 」 。
昭和60年やら63年やらの生まれとか 。。。
ドキドキで、ピチピチの若さだ ?!

皆の胃袋にアルコールが入ったところで、 お待ちかね 「ビンゴ・タイム」 !!
ゲームに必要なビンゴ・カードは、 「1枚5,000円」 (要するに参加費)。
ビンゴ・カードは、 1人何枚持ってもOK (枚数 × 5,000円)。
ルールは単純明快。
皆が支払ったビンゴ・カードの代金が中央に積まれる。
これをビンゴ順に、 「場の残額 × 1/2」を持ち帰る。
これは、もう大盛り上がり !!
老若男女を問わず、誰もが熱くなり、
皆が次のデジタル表示に注視して一喜一憂 ・・・。

本日の一番幸運な子は、「ビンゴ・カード × 10枚」 分のお小遣いを持ち帰った。
本日の一番不幸な奴は、「ビンゴ・カード × 5枚」 を悲しげにみつめていた。。。

ところで ・・・
「暑気払い」 で、 こんなに 「熱く」 なってどうするの ?? (笑)

あ~ぁ、今日も長い一日だった ・・・ 。

3日で変わる “ヒト” の心

夜な夜な、住まい近辺の小料理屋や和食店や寿司屋などを転々としている
まるで、アルコール・ジプシーのように夜の街を放浪しながら ・・・ 。
これまで、地元で飲むことがほとんどなかったので、
近辺のどの店へ入っても 「一見風の新参客」 扱い。
どこの店も 「美味い !! 」 と言うほどの店ではないが ・・・、
未成年者がいないからチェーン店よりは良いと思った。

ある小料理屋に3日連続で通い、毎日そこそこの金額分を飲食した。
さすがに、4日目にはマスターやママの態度が一変した。
ビールの銘柄は言わなくて良くなり、カウンターの灰皿は退けてくれる。
帰る際には笑顔で、 「おやすみなさい」 と言う言葉が付け加えられるようになった。
わずか3日で 「偽りの常連顔」 。 ・・・ 「ちょろいもんだ」 と思った。

地元の寿司屋に入っては、 瓶ビールと刺身。
焼き物やら煮物を多少つまんで ・・・
にぎり(寿司) は食べずに会計して、さっさと帰る。

この世で嫌いな食べ物が2つある。 「太麺の塩ラーメン」 と 「旨くない寿司」 。
逆に、この世で好きな食べ物が2つある。 「細麺の醤油ラーメン」 と 「旨い寿司」 。
旨い寿司と言うのは、何度食べても 「美味しい !! 」 と感じる。
腹一杯でも 「あと一貫 !! 」 と手がでる寿司のことを言う。

以前の職場でもあった神奈川県・元住吉にそう言うお寿司屋さんが一軒あった。
また、 今でも年に3~4回は通っているが、 北海道・札幌にも一軒ある。
そして、埼玉県・川口に一軒。
寿司屋でネタが新鮮なのは当たり前。 カウンター越しの粋な会話が当たり前。
上記いずれの店にも共通しているのは ・・・、
しゃり(酢飯)の味加減と握り具合が最高に美味 !!
でもこう言うお店は、 3~4日程度では常連顔させてくれない (笑)。

健康診断

いつもの 「やきとり屋」 で顔を合わせる Kチャン が
健康診断で十二指腸に 「何かある」 のが発見されたらしい 。。。。
悪い病でなければ良いが ・・・ 、と言うよりも自然治癒した “病痕” ではないのか ??
しかし、Kチャン の偉いところは、 カメラを飲む決意を決めている様子が伺えること。

俺は、寝起き直後でも朝風呂後でも、酒なら飲めるけど・・・ カメラは飲まない。
バリウムだって気持ち悪くてここ何年かは拒否してる (朝食を食べてしまえば回避)。
「バリウム飲むなら金をくれ !! 」 って言いたくなる。

冗談はさておき ・・・、
若い頃は良いけど、年を経る毎に代謝は落ち、運動量が減るのは事実。
知り合いのお医者さん(某総合病院・院長兼理事長)が言うには、
「学生時代など若い頃に激しい運動をしていた人ほど、30歳過ぎ以降の運動量が
極端に落ちる傾向にあると言うデータがある」 「特に男性の筋肉は成分は落ちても
形状を維持する性質があるので勘違いしやすい」
「だから、意識して定期的な運動を心がけなければいけない」 と。
・・・ これは、誰もが本当に耳の痛い話し。

最近、頭痛が頻繁にある。
以前から、胸部の嫌な痛みもたま~に出る。
内科も大切だけど ・・・、
今年は、 「脳ドッグ」 と 「心血管」 周辺の検診ケアを考えている。
幸いにも、前述の “お医者さん” は循環系が専門(心肺血管系)の優秀なドクター。

Kチャン の健康診断の結果を他人事とは思わずに、
自分の身体のケアを行おうと思った。 体重もあと7kg程下げたい。
1週間に1kgの減量で、7週間 。 できない計画ではない。 7週間の禁酒だ !!
減量には、禁酒が一番。 ・・・ でも、あくまでも 「計画」 。

Kちゃん、早く元気になってまた一緒に飲みましょ !!!

眠らない街 / 眠れない男

眠らない街 ・・・ 東京。
コンビニや一部スーパーも24時間営業になり、外食店やレンタカーから
銀行端末 ・・・、 街の夜から暗闇が消えた。
国道沿いなら24時間、 流しのタクシーはいつでも手を挙げて止めることができる。

そんな眠らない街・東京で、 同様に眠らない男がいる。
完全徹夜の月曜日の朝から始まって、 一週間の睡眠時間がわずか21時間。
毎夜の睡眠は平均3時間程度。 そして毎朝 平気を装い会社に向かうその強気の顔は、
当に仇討ちに向かう浪人武士だとか。 何に苛立ち、 何を憎み、 恨んだのか ??
気も心も疲れ果て、 虚空に向かって自滅(自爆)することを自ら望んでいるのかも。

「人は一定時間以上眠らないと生体生理構造が維持できなくて死滅(生体破滅)する」
と、聞いたことがある。 今は肉体理論と精神理論のせめぎ合いと言ったところか ・・・。

何気なく繰り返す毎日が、楽しくない人生なら ・・・ただ辛いだけ。
それなら、 生きていてもつまらい。 死んでも構わないと思う。

“常連客” って何ですか ??

人の心は移ろい易く、客の行動心理は自己中心 ・・・、 と言われる。

初めてその店の暖簾をくぐってから20数年に渡って通い続ける 「やきとり きよし」 。
時代に即した新メニューが登場しても、 結局食べる物は昔とあまり変わらない。
ワンパターンと言うよりも、 20年以上食べ続けてなお飽きない美味さ ・・・。
この 「やきとり きよし」 で、 “常連” と言われる客達を、4~5世代は見てきたと自負する。
飲食店での常連客は移ろい易く、 次々と世代交代を繰り返すと言うことを
「やきとり きよし」 で知った。

常連客として4~5年通ってお店や他の客達とも馴染みになった人が、
突然のように顔を見せなくなるのは、 長い顧客サイクルの中では慣例事象。
常連として10年以上通ってなお、 その行く手を阻むこともある。
・・・ 転勤、転居、病気、事故、そして臨終。
通い慣れた安堵の場への行く手を阻止する要素は山ほどある。

逆に ・・・、
20数年前に自身が通い始める前から 「やきとり きよし」 の 固定客であり、
いまだに時々お店で顔を合わせる馴染みの大先輩客がいらっしゃる。
単なる固定客と言うよりも 「やきとり きよし」 の歴史証人。
通って4~5年程度の馴染み客などは足元にも及ばないその人の
店内での立ち居振る舞い姿は、 20数年前と何ら変わらずいつも紳士的。
自身を含めて、飲み方や店での態度を学ぶべき人は多くいるのではないだろうか。

「店で自分の我が儘が通る」 と言うことと、
「店が認めて自由にできる」 と言うこととは意味が違う。
商売を熟知した経営者ほど 「常連」 の奔放さや勝手な行動を経験上知っているとか。
だから、他店に興味すら示さない 「固定客」 を大切にすると言う。
「常連客」 と言うのは流動性が高い。 しかし 「固定客」 とは、よほどのことがない限り
流動要因を持たない人を意味するらしい。

いつまでも、いつまでも ・・・
自分が生きている限り、 「やきとり きよし」 の 「固定客」 であり続けたいと思う。
若き頃、 「やきとり きよし」 から受けた恩は、 一生かけても返すことはできない。

やきとり きよし

ひと際目につく大きな提灯を横目に、 木枠のガラス戸を開けると、
時代遅れの喧騒と、 タレの焼けた香りと、 炭焼きの煙。
先輩に誘われるままにたどり着いたのは、
蕨駅東口から徒歩3分ほどの「やきとり きよし」 。
これは、今から遡ること・・・ 20数年前のある夜のできごとだった。

4~5回目くらいまでは、 先輩に引き連れられて通ったが、
それ以降は、 自分一人で通うようになった。
当時は地元の利を活かし、 最終バスの直前まで椅子を暖めていたものだった。
大瓶ビールにグラス2つが定番で、カウンターのあちこちに
マスターのグラスが点在していた ・・・ (笑) 。
いつものカシラやレバーの他に、 当時は 「すずめ」 もあり、
よく食べていたのを覚えている。

あの頃 「きよし」 に通っていた馴染み客の中では、 一番の年少者だったので、
マスターや女将(ママ)だけでなく、 一般の馴染みのお客さんからも
とても可愛がって戴き、これはいまでも感謝&感謝。。。。

客も疎らな遅い時刻になると、お店のサービスで出してくれた
「女将(ママ)の小皿料理」 は特に大好きだった。

最終バスの発車時刻を過ぎてもなお、
冷えたビールを開け、さらにオマケ料理が出てくる ・・・。
カウンター越しのマスターと、12時過ぎまで飲んだ夜も何度あったことか。
最後はお店からタクシーを呼んでもらい、 「ドア to ドア」 の楽々帰宅 (笑)。

『一人扶持は食えないけど、二人扶持は食えるんだよ 』
『だから早く彼女と結婚しちゃいな ・・・ 』 が、 当時のマスターの口癖。
その頃、同居していた女の子とカウンターに二人並んで、よく説教されたものだ。
あまり話が長くなると、 奥から女将(ママ)が出てきて ・・・
「マスター!! 今日の話しはここまで ・・・ !? 」。
あの頃から、女将(ママ)の迫力は変わらない ・・・。

とても貴重な人生経験で、大変多くのことを学ばせて戴きました。
あれから20数年 ・・・、 きよしの喧騒と香りと煙は今も変わらない。
変わったのは、 女将(ママ)の小皿料理の頻度が少し減ったくらいか ?? (笑)

4~5年程度通ったくらいでは、 「きよし」 の何も理解できないだろう。
常連客が、移ろうのは世の常とか ・・・。
だから、 例えどのような障害や障壁が生じたとしたとしても、
10年後も20年後も ・・・
この喧騒と煙に包まれてビールグラスを傾ける自分でいたいと願う。

「黄色い世界」 の話し

最近の精神的疲労の影響なのだろうか ・・・、
摂取したアルコール量の割りに体内での酒の回り(酒酔い)度合いがとても悪い。

先日の日曜日(8月1日)は、 中瓶ビール2本、 大瓶ビール2本 と
ウイスキー・ロック(ダブル)3杯、 焼酎ロック(ダブル)1杯 を飲んだあと、
一睡もすることなく ・・・ 翌朝(8月2日)には会社へ出社。

月曜日は、 “タヌキとキツネ” を横目にしながら、 大瓶ビール2本を一気飲み。
帰宅後に、 ウイスキー・ロック(ダブル)4杯を飲み終えてから、
限定3時間の睡眠のみで翌日は元気に出社。

昨夜は、 大瓶ビール3本のみだったが、 睡魔に襲われることもなく、
2時間半に満たない睡眠時間で今日も平気な顔を装って出社。

肉体的疲労と蓄積された睡魔を覆うほどの精神疲労が、
脳内回路を覚醒させている。
薬物覚醒や心身耗弱に近似した状態を継続的に維持している。
今夜もまだこの先、2~3時間は眠れない。

以前に米国San Joseで味わったような ・・・
「純度が高く仕上がり具合の良い高級大麻」 を、
胸の奥深くまで吸い込んだ時に見える、あの “黄色い世界” を思い出す。


   煙草は、二十歳を過ぎてから 。
   大麻は、国境を過ぎてから ??

暗雲? 幸運?? 強運???

blog閲覧者の方々から、今回の転職騒動の顛末に関して様々なメールが
届いているので、まとめて説明します。

リーマンショック以降の不景気で最悪の労働状況と言われる昨今。
余程の特別な技術でもない限り、転職など至難の業と言えます。

今回は某有名転職支援企業での有料コンサルティングを利用。
書類の書き方など初歩的な部分から、手取り足取りの転職サポート。
正直、最初の頃は 「そんなの知っとるわッ !!」 と。
しかし、冷静になって 「コンサルタントの心の裏側」を想い描いてみた・・・。
「立場を入れ替えて考えたら ・・・」 「なぜ新卒者に言うようなことを言うのか ??」
一度、騙されたと思って企業選びから、書類の記述まで変えてみた。

結果として ・・・、
企業からのオファーに対するこちらからの辞退が3社。
企業からの正式な採用内定が2社。

困った 。。。
2社の中から1社を選択しなければならない。
いずれの企業からも 「出社日は8月2日(月)」 と指定された。
意思決定の遅れから、いずれか企業への内定辞退書を送致しないまま、
出社前日である 8月1日(日)を迎えてしまった。
その日は、自分の周囲で起きているできごとにあまり意識が届かない。

遂に一睡もしないままで、8月2日の朝を迎えてしまった。
ワイシャツを着てネクタイを締めた瞬間に決めた !!
辞退する企業へは、失礼とは思いながらもメールで意思表示。

新しい勤務先では、自分の他にも数名の新採用社員がいることは知っていた。
大会議室の椅子に座って待っていると、見覚えのある顔が一人やってきた。
「えっ ??」 以前に活躍していた業界で知り合った元同業界の知人。
彼も今回の採用で入社した同期社員。 いったい何百万分の一の確立なのか ??
天文学的な確立を経て、話しのできる&仕事のできる同期社員が早速できた。

   一時は、闇夜のように暗雲立ち込めた人生
   幸運は幻想から悪夢に変化し、絶望へ向う途上だった
   しかし最後は、 「強運」 と言う “不思議” が自分にチャンスを与え
   「この手」 でつかみ取った。

夢で見た女神の存在は幻覚の産物だったが、
神や仏はこの世にいるのかも知れない。
まだやらなきゃならない社会的使命が自分にはあると言うことなのか ・・・ ??